狂想 主に朝日のゆんゆん投稿(準備中)

新聞(主に朝日新聞)に掲載された愉快で面白い投稿を論評つきで紹介します。

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狂想

Author:狂想
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狂信者の責任転嫁

2004/04/29(木) 22:38:59




強制する社会到来するのか
家事手伝い 仲川 真紀(大阪市 32歳)


 11日の「国旗・国家 都教委の大量処分」(私の視点)で三浦朱門氏のご意見を呼んで思ったことがいくつかあった。
 三浦市は「教育に従事する公務員が規定に従わなければならない」と述べておられるが、国旗・国歌法は「強制をしない」といたはず。

 また、この法律ができるとき、卒業式での掲揚や斉唱の実施に関して、広島県立世羅高校の校長先生が自殺に追い込まれた。
 百歩譲って、日の丸に侵略戦争の過去がないとしても、あの先生の命に対する責任は消えていないと思う。

 「私の宗教であるキリスト教では、異教徒の間ではそのしきたりに従うべきだと教えている」と言われる。
 私もカトリックの高校でそう教わった。
 確かに他宗教排斥はいけない。

 しかし、私の所属する教団は戦争中、国家に迫害された。
 教会は閉鎖され、牧師は投獄され、死者も出た。
 今、私たちは市民として法に従うが、「しかし、国家の法と神の法がぶつかる時は神の法に従え」(処罰されても信仰と良心の自由を守れ)と語り継がれている。

 そういう教団もあることを知って欲しい。
 民主主義社会なら、起立、斉唱する自由も、しない自由も尊重されるはずだ。
 なのに権力を持って一方的に処分したのは何より問題だ。
 
このままでは戦前、戦中のような至る所に監視の目が光る社会になりそうで恐ろしい。

(2004年4月29日 名古屋版)


え~と、今回の投稿には本気で腹が立っているので、少しばかり言葉が汚いかもしれません。ご了承下さい。

この投稿では、世羅高校の校長先生の命を奪ったのは、国旗・国歌だと言いたいようですが、校長先生を自殺に追い込んだのは、間違いなく、この投稿者を初めとする狂信者たちです。

『民主主義社会なら、起立、斉唱する自由も、しない自由も尊重されるはず』なんていう社会人失格のような意見くらいでは、それほど腹も立ちませんが、人を一人自殺に追い込んでおいて、何いけしゃあしゃあと責任の所在をずらしているんでしょうか。

確かに、校長先生が掲揚や斉唱の実施を苦に自殺したのなら、国旗や国歌に責任があるのかもしれませんが、実際は実施しようとした校長先生に対しての悪質な抗議のために自殺したのですから、反対派はそのことに対して自らの行いを反省する義務があり、それを踏まえた上で反対キャンペーンを張るべきでしょう。

その他にも、国旗・国歌法は「強制をしない」という理由を元に、都教委の大量処分を批判しているようですが、それは一般人を対象にしているため、公務員は別です。
敢えて、こういった経緯を混同させるために主張しているとしか思えません。

また、国家による国旗・国歌法に対して「しかし、国家の法と神の法がぶつかる時は神の法に従え」と何カルト宣言をしているのですか?
投稿者の所属する教団は戦争中、国家によって迫害されたからといって何なのでしょう?

どのような立派な教えかは知りませんが、主張していることはオウム真理教と同じです。
もし、日本国が定めた法と投稿者が信じる神の法が相反した時、本当に神の教えを守るような宗教であるならば、それは戦時中を問わず迫害されるでしょう。

宗教に殉じると言えば聞こえは良いですが、宗教での教えは言わばローカルルールのようなものであり、そのルールで国に歯向かうのですから、迫害されたとしても逆に自らの意思を貫き通すくらいの気高さが必要ではないのでしょうか。

今回の件もそうです。
そんなにも、国旗の掲揚や国歌の斉唱がイヤなら公務員を辞めれば良いだけの話です。
もし、社歌を歌い社旗を掲げることが義務付けられた入社式において、一般社員がそれを拒めば、裁判を受けるまでもなく結果の予想はつきますね。

無理して国に仕える必要なんてないのです。
職業選択の自由は憲法でも保障しているのですから。
特別賞TB:0CM:0
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