狂想 主に朝日のゆんゆん投稿(準備中)

新聞(主に朝日新聞)に掲載された愉快で面白い投稿を論評つきで紹介します。

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狂想

Author:狂想
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証言の嘘

2002/01/18(金) 23:59:46




朝鮮人は隣人 長年の夢実り
会社役員 朴貞花(東京都町田市 63歳)


 娘のチマチョゴリ姿を見た町内の人から、「まだ日本に朝鮮人が居るの」と言われたのは30年前だった。

 町田市には朝鮮学校もあるのに。

 自分を見せる事で朝鮮人が日本で一生懸命生きている事を知って欲しいし、私を信じてくれた人が一人できれば、そこから確実に根が広がっていくだろうと思ったが、のれんに腕押しでつらい思いをしてきた。

 しかし、今年は夢の一つが実った。
 来年の市の比較平和都市宣言20周年を前に市公民館が取り組む、市民による脚本・主演・演出のミュージカル「LIFE IN PEACE」-戦争を知らない私たち-の公演が19日にある。

 その劇で被爆者の事と共に在日の事、朝鮮学校の事も取り上げられ、朝鮮学校の子供も劇中で舞踊を踊り共演する。

 脚本の中の朝鮮人の台詞は、日本人が書いたとは思えない程私たちの心が表現されていた。
 私は胸が熱くなり、読みながら涙があふれた。

 やはり、真実を知る事、学ぶ事で理解が深まり、人は誰でも手を携えていく事が出来る。
 あきらめずに、いつの日か分かってくれる人が現れると信じてきて良かった。

 公演が待ち遠しい。

(2002年1月18日 東京版)


まぁ、在日のことを日本国籍を有した朝鮮系日系人だと考えている方も多いようですし、また、朝鮮半島へ帰りたい者は帰国事業の最中に帰っているわけで、「まだ日本に朝鮮人が居るの」と言われること自体はそれほど不思議なことではないでしょう。

日本の中で一生懸命生きている事は、基本的に外国で暮らしているのですから、母国よりも苦労して当然ではないでしょうか。
普通に考えて、在日は外国人としては破格の良待遇ではあるのですよ。

それでも日本の生活が厳しいのであるならば、とっとと帰化するか母国へと帰れば良いだけです。


しかしながら、在日の方にしてはけっこう内容自体は普通なんですよね。
本来ならば、ここで取り上げるほど酷い内容ではないのですが、経歴に不自然な点が見られたので紹介します。

まず、この投稿者のサイト↓をご覧下さい
http://www.korea-np.co.jp/book/sinboj99021975.htm (注:現在は閉鎖されたようです)

>著者は1938年忠清道生まれ。1歳の時、家族に連れられ、日本に強制連行されていた父の元へ。
>解放後の生活は多くの在日同胞同様、苦労の連続だった。

と、この投稿者は来日した年と年齢という最大の手がかりを明かしてくれています。

1938年に朝鮮で生まれて日本には1歳の時に訪れたということは、1939年か1940年に来日したことになります。
つまり、父親の強制連行は、どう大きく見積もっても1940年ということになりますね。

そして、朝鮮半島に国民徴用令が実施されたのは、1944年9月~12月のことです。
(日本国内で国民徴用令が成立したのが1939年のことなので、一部の書籍では日本本土の徴用令が半島でも実施されたと思いこみ、1939年に強制連行開始されたと、誤解を招く誤った記述をしていることもあるようですが)

また、1939年まで朝鮮人の内地への渡来を日本政府は制限しており、この年より日本企業が朝鮮で自由に労働者を募集することが許可されるようになりました。

この年と投稿者の父の渡航年の一致はどうしたことでしょうか?
1942年より官斡旋が始まりますが、この投稿者の父親にはこれも当てはまりません。

実際には、こんな感じではないでしょうか。

1938年 朴貞花(投稿者)生まれる
1939年 国民徴用令成立(半島には適用されず)
1939年 朝鮮人の渡航制限を緩和
1939年 もしくは1940年 朴貞花 日本に渡航 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1942年 官斡旋始まる。
1944年 9月~12月 朝鮮半島にも徴用令施行


これで、「強制連行のアボジの子なり棄民なり差別・蔑視・無視・放置の六〇余年(町田市)朴貞花」
などと言っているのですから、たまりません。

本人は本当に強制連行によって連れて来られたと信じている分、朝日を始めとする左バッターと朝連の存在に腹立たしさを感じてしまいますし、投稿者には哀れさを感じてしまいます。
微妙な投稿TB:0CM:0
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