憤り消えない日本軍の強制
主婦 佐藤 栄子(静岡県沼津市 33歳)
私は沖縄本島の読谷村で生まれ、高校を卒業するまで住んでいました。
沖縄戦で米軍が上陸した読谷村にあるチビチリガマという壕では、日本軍が住民に集団自決を強いて多くの命が失われました。
住民の隠れている壕の中に入ってきては食料を奪い、泣く子供がいればその親に殺させる。
そんな衝撃的な話を現実に居合わせた人から聞き、幼い頃は夜も眠れませんでした。
日本軍が住民に「集団自決」を強制したと記述が教科書検定で削除され、撤回を求める県民大会が開かれました。
多くの人が集まった映像を見て、私は悲しみと憤りでしばらく涙が止まりませんでした。
私は本土の人と結婚しましたが沖縄では本土に嫁ぐことを今も反対する人がいます。
集団自決が日本軍に強制されたことは沖縄では常識です。
大勢の住民を手にかけた日本軍への憤りは今も沖縄の人たちから消えていません。
沖縄戦で何が起きたのか正しく伝えるべきです。
(2007年10月6日 東京版)
さてと、実際には4万人ぐらいしか集まっていなかった集会を、11万人とアサヒった事で再び話題となった沖縄問題を扱った投稿です。
<集団自決が日本軍に強制されたことは沖縄では常識>が、なんだかこの問題の本質のような気がしてなりません。
つまり、「事実かどうかは関係なく沖縄では常識だから、教科書に載せるべき」であり、「祖父や祖母が語った」から語り継ぐべきものであると主張が一貫しているんですよね。
だいたい朝日が発表した11万人が集まったことが事実であるなら、11万人もの県民が集まっても軍命令を証明する資料すら発見できなかったということでしかありません。
この投稿者なんて、<日本軍が住民に集団自決を強いて多くの命が失われました>と伝聞を事実のように書いていますし、沖縄の教育の恐ろしさを窺い知りました。
今現在において、沖縄の集団自決が『軍命令であった』とする根拠が薄いとして揉めているのを理解しているのでしょうか。
そして、反証する側が全ての立証責任を捨てて<沖縄戦で何が起きたのか正しく伝えるべきです>なんですから、結局は「悪の日本政府が自分たちにとって都合の悪い事実をもみ消そうとしている」という脳内ソースによって自己を正当化しているだけなんですよね。
このように、平和な現代においても<沖縄では本土に嫁ぐことを今も反対する人がいます>とあるように、本州や日本に対して当時から沖縄県民には不信感があったことでしょう。
そんな中に、戦争の混乱によって数々の憶測や噂が事実として流されることだってありますし、反抗的な県民に一部の軍人が暴走したことだってあるかとは思います。
しかし、「軍命令があった」と「一部の軍人が暴走した」「軍による自決命令が出されたと県民が思い込んだ」「軍命令はなかったが、軍によって自決せざる雰囲気であった」は全く別の次元の話です。
上記の例の違いが分らない方は、『軍』を『一企業』にでも修正して考えてみれば、どのくらい無茶苦茶なことを言ってるか理解できるかと思います。
一部の暴走や思い込みや雰囲気で軍や国を断罪できるのであれば、朝日新聞は社命令で女性を拉致って暴行を加えた上に撲殺することを推進していることになってしまいますよ。
なんで「軍」とつくだけで、何でも有りになってしまうのでしょうか。
投稿者は<衝撃的な話を現実に居合わせた人から聞き>と事実だと信じていますが、伝聞はあくまで伝聞ですよね。
何も証言者が嘘をついていたと断言している訳ではなく、人の記憶は事後のバイアスによっていくらでも変化し、存在しなかったものを記憶していることがあったりと、最も信用できないものの一つだったりします。
まぁ、投稿文の主張そのものは別にテンプレ通りで別段紹介するものではなかったのですが、やはり<集団自決が日本軍に強制されたことは沖縄では常識>の一文がなかなかに効きましたね。
善人には理解できないのかもしれませんが、その『常識』によって冤罪の罪に苦しむ元軍人や遺族が、「日本軍に虐げられた住民」という影に隠れて今現在も「住民たちに虐げられて」いることも忘れてはならないかと思います。
そして、あったのかどうか分らない過去の不幸を語り継ぐことによって<大勢の住民を手にかけた日本軍への憤りは今も沖縄の人たちから消えていません>と、お互いの友好に溝を作る意味も分りません。
真実だとはっきりしているのであれば未だしも、事実かどうか疑わしいことで敵対心を持つことは嫌韓厨とやっていることは同じですよ。
そんなこんなで、mixiで論争していたら疲れました。