アニメ番組に変わらぬ批判
大学生 吉田 麻莉子(京都市中京区 20歳)
「新聞への投書を読んでマスメディア批判の変化を調べる」。
大学の授業で出された課題だ。対象は朝日新聞と毎日新聞の投書欄のいずれも35年分。
クラスで手分けをして探した。
「子供向けテレビアニメ番組に対する批判」など二つのテーマを取り上げ、抜粋した投書を読んで内容とその変化を調べた。
驚いたのは、内容にあまり変化がなく、特にアニメ番組への批判では顕著であった。
「子供向けなのに、暴力シーンや残虐な殺人シーンが多すぎる」「変な恋愛ごっこのアニメが子どもに与える影響が心配」。こうした批判が35年も前から繰り返されてきたのだ。
つまり、35年間、番組が何も改善されなかったということだ。
視聴者の度重なる意見が番組制作にまったく反映されていない。
これは悲劇ではないか。
番組を制作する人たちは、アニメが子どもたちに与える影響を、改めて考えてほしい。
投書を読んで思った。
(2006年10月1日 大阪版)
35年間、番組が何も改善されていなくても、アニメ文化は世界に誇る日本の文化という不思議。
世界的に評価されている宮崎アニメ(親父)のほとんどが、「暴力シーン」と「恋愛」によって構成されています。
しかし、宮崎アニメを紹介するマスコミは「生きろ」だの「夢や冒険」だの「青春の思い出」だのと絶賛します。
結局、批判対象が世界に認められれば芸術であり、その他のアニメはただ叩き易いから叩いているだけなんですよね。
また、アニメ制作現場が35年も何もしていないなんて、勘違いもいいところです。
変っていないのは、35年間同じ主張ばかり行っている人たちの頭の中です。
古いアニメがDVD化された際、台詞の一部がカットされたり「ピー」といった効果音が入る場合もあることを知らないのでしょうか?
つまり、放送当時は放送禁止用語(法的にそんなものはない)ではなかったが、今では禁止用語なので自主規制を行っているということです。
下手すると言葉が汚いといった設定のキャラクターの台詞が、妙に遠まわしな表現になっていたこともありました。
35年間も変らずアニメ批判をする者がいる限り、過去のアニメからどんどん芸術性やリアリティが奪われています。
この言葉狩りだけは、他のチープなアニメ批判とは違い、世界が認める文化にも破壊をもたらしている点で脅威すら感じてしまいます。
この魔の手は、藤子不二雄作品にも迫り「ジャングル黒べえ」などは現在では原作を含めて見ることすら出来ません。
アニメ制作における最大の敵は「視聴者の度重なる意見」です。
第2の敵はアニメーターの安過ぎる給料でしょうか・・
アニメを見ないと言っても、同じロボットアニメの中でマジンガーZとガンダムとエヴァが本当に同じものに見えるのでしょうか?
お色気シーンだけを見ても、昔は普通に色付きで乳首を見せていたにも関わらず、今ではパンチラですら規制をかける局があります。
格好が子供に悪い影響を与えるとして、女性キャラの衣装が原作と異なってしまうことすらありました。
また、TBSのガンダム種死枠は例外ですが、ほとんどのアニメ作品では直接的な残酷シーンは自主規制しています。
赤い血をイメージさせないために、噴出す血は何か光るものだったアニメもありましたね。
しかし、まぁ、アニメ批判をする方たちを見ていると毎回思うのですが、「暴力シーンや残虐な殺人シーン」「恋愛ごっこ」部分をとって何を書けというのでしょうね。
それらが本当に教育上悪いのであれば、トレンディドラマもそれ抜きで作らなければおかしいでしょう。
アニメ『サザエさん』でも、極論すればサザエによるカツオへの体罰が毎週のように行われているのですよ。
同様の理由で、学校の国語の授業で文学作品を授業で教えるなんてもってのほかです。
文学小説はもれなく「残酷なシーン」と「愛憎渦巻く恋愛劇」と「人間の業」によって構成されているのですから。